「あ…。」
学校からの帰り道。鳥居凪は途中にある本屋で足を止めた。
本日発売の札がかかっている雑誌。
その表紙には大きくこう書いてあった。
「正体発覚記念! HEAVEN総力特集」と。
Especially Kiss
凪は帰宅し、部屋に戻ると先程の雑誌を開く。
表紙には 同じ学校で、同じ部活の。
そして凪にとって特別な存在である猿野天国がモデル「HEAVEN」として出ていた。
「猿野さん…。」
猿野天国が高校生ながら一流と称されるスーパーモデル、「HEAVEN」と同一人物であった事が判明したのは、
野球部の公式2回戦の相手である明嬢高校に偵察に行ったときである。
その時、天国は大勢のファンに追われて行ってしまったのだ。
その姿は凪にとって驚愕と共に。
天国が遠い人間であったのだと、突然の事実をつよく実感させるものだった。
そして凪は今初めて「HEAVEN」としての天国を眺めていた。
「こんなに…綺麗な人だったの…。」
凪は1ページ1ページに、自分の知らない天国を見た。
いつも凪が見ている、明るくて、元気で、人を笑わせている天国ではなく。
男女関係なく、その場で魅了してしまいそうな強烈な引力を持った瞳と。
今まで気づかなかった、美麗とも言うべき目鼻立ちによる時に厳しげな、時に柔らかな表情。
あれほどのファンを集めるのも当然。
そう思わせるだけの魅力が写真の1枚1枚から溢れていた。
そして、凪は1枚の写真に目を釘付けにされた。
「…!!」
それは、ありふれた写真といえるものだった。
だが、凪にとっては辛い感情を否応なしにかきたてるものだった。
その写真には、女性モデルに口付ける「HEAVEN」…天国の姿が写っていた。
########
「おつかれーっす」
翌日の放課後。
部活が終わり、着替えも済んで次々と部員たちが帰っていく中。
天国は鍵当番であったため、一人部室で小説を開いていた。
「じゃあ、猿野くん。あとは頼んだよ。」
「はい、また明日。」
今日は牛尾の家の方が都合が悪く、牛尾邸での特訓は中止となり。
天国もそろそろ帰ろうかと腰を上げた。
その時。
カチャ
「?凪さん?」
部室のドアが開き、凪が入ってきた。
何か忘れ物でもあったのか、と天国は思うが女子マネは私物を別室においている。
となると。
「あの…何か、御用ですか?」
天国は入った時から俯いたままの凪に静かに声をかけた。
「猿野さん…。お願いが、あります。」
凪はそう言うと、部室に入って初めて顔を上げた。
天国は、凪の顔を見て、驚く。
凪は瞳に涙をためて、思いつめたような顔をしていた。
天国は、その表情をどこかで、でも何度も見たことがあるように思った。
「凪、さん…?」
そして凪は言葉を紡ぐ。
「私に…キス、してください…。」
言ったとたん、凪の瞳の涙が溢れ出す。
「凪さん…?!」
天国は凪の言葉にまた驚く。
この大人くて控えめで…優しい少女が、自分にキスを求める。
いや、キスという形の何かを一心に求めている。
天国は驚きながらも凪の頬に触れる。
びくり、と凪は天国の手が触れる時に大きく反応した。
自分の返答に不安を感じているのだろう。
天国はそのまま、指で凪の涙を軽く拭うと、凪の顔を覗き込む姿勢をとる。
「…凪さん、何か…あったんですか?」
優しい声で、天国は言った。
凪は決して思慮の浅い女性ではない。その人がこれほどまでに思いつめるのは何故か。
今天国がすぐに凪の望むとおりにすることは、凪を傷つけることになるだろう。
だから、天国は聞いた。
「…私…ごめんなさい、猿野さん…。」
凪は天国の声に少し正気を取り戻したのか、声のトーンを落とした。
「いいんです、凪さん…。
何か気にすることがあったんですね…。」
凪は静かにうなずくと、小さな声で言った。
「猿野さんの写真が…出てる雑誌を見て…あの…女性モデルのひとにキスしてる写真を見て…。」
「あ…。」
「あの雑誌を見て…私、猿野さんのことホントに少ししか知らないんだなって…辛く、なったんです…。
それに…キスまで他の女性と、なんて私…っ。」
「……。」
「あ…っ。」
そこまで言って凪はやっと気づく。
自分がたったいま天国に告白しているも同然だということを。
「わ、私…っ。」
しかも思いつめて、キスまで求めていた。
凪は自分の今までの行動の大胆さをやっと認識し、顔を赤らめる。
「ごっごめんなさい!!」
凪はあまりの恥ずかしさにその場を去ろうと振り向いた。
しかし。
天国に腕をつかまれる。
「あの…。」
凪が恐る恐る天国の方を振り返った時。
凪は天国に抱きしめられる。
「さ…っ猿野さん?!」
「…オレの返事聞かなくていいんですか?」
「え?」
「嬉しいです。」
天国の声に、凪の視線が上を向いた時。
凪の視界は、天国の顔に覆われた。
それは優しいキスだった。
数十秒だったのか数分だったのか、分からない時間のあと。
天国は凪の唇を解放した。
「あ…猿野さん…。」
凪はぼんやりと自分の身体を抱きしめる相手の名を呼ぶ。
「仕事用のキスなんて求めないでクダサイね。」
天国はにっこりと、写真とは比べ物にならない綺麗な笑顔で言った。
凪が正気を取り戻すまで。
あと数十分。
次は君になんて言おうかな?
END
非常に遅くなりましたモデル設定猿鳥です!
稚羽矢さま、本当に申し訳ありませんでした!
それにしてもえらくラブくなったような…。なんだかこれで完結してしまいそうですね。
私的にモデル天国には見かけは魔性、中身は純粋でいて欲しかったので。
この後多分恋人同士になるんではないでしょうか?
ちなみにファンが学校に来てないのは天国自身から規制がかかったため…ということで。
そんなもんで来なくなるとも思えませんけどね…。
ではでは、この辺で。
リクエスト本当にありがとうございました!!
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